今の天皇は何代目?令和の今上陛下は第126代!歴代系図と次代を解説
2019年5月1日の改元によって「令和」の時代が幕を開けて以来、天皇陛下(徳仁陛下)と皇后雅子さまは国内外の公務や被災地慰問、宮中祭祀に真摯に向き合ってこられました。日々のニュースで皇室の活動を目にする機会が増える中、「現在の天皇陛下は初代から数えて何代目に当たるのか」「昭和や平成の天皇は何代目だったのか」という皇統の数え方について、改めて確認したいという関心が高まっています。
宮内庁が公表する公式の皇統譜(こうとうふ)に基づくと、令和の今上天皇(きんじょうてんのう)は第126代に位置づけられます。日本の皇室は、初代とされる神武天皇から一度も途切れることなく一本の血統で継承されてきたとされ、世界で最も長く続いている君主家として知られています。本稿では、歴代天皇の正確な系図や数え方のルール、歴代女性天皇の実態、そして次代となる第127代への皇位継承順位と皇室典範をめぐる議論の現在地まで、客観的な事実と歴史的根拠に基づいて徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:現在の天皇陛下(徳仁陛下)は第126代今上天皇であり、第125代上皇明仁陛下から2019年5月に皇位を継承された。
- 要点2:歴代天皇は神話上の初代・神武天皇から数えられ、歴史上には8方10代の女性天皇が存在したが、すべて父方に天皇の血を引く男系継承である。
- 要点3:次代(第127代)の皇位継承順位第1位は秋篠宮文仁親王、第2位は悠仁親王であり、皇族数減少に対応するための皇室典範議論が国会で続いている。
【結論】今の天皇は何代目?第126代今上天皇と近現代の歴代ナンバー
結論から申し上げますと、現在の天皇陛下(徳仁陛下)は第126代目の天皇です。在位中の天皇を指す正式な呼称は「今上天皇(きんじょうてんのう)」あるいは「天皇陛下」であり、「令和天皇」という呼び方は崩御された後に贈られる追号(諡号)であるため、在位中に使うのは誤りとなります。
近現代における歴代天皇の代数と元号の変遷は下表のように整理されます。近代以降の一世一元の制(天皇一代につき元号一つ)が確立してからの流れを把握すると、代数の理解がより明瞭になります。
- 第122代:明治天皇(睦仁陛下)… 1867年即位。近代日本の幕開けと東京遷都を断行。
- 第123代:大正天皇(嘉仁陛下)… 1912年即位。大正デモクラシーの時代を象徴。
- 第124代:昭和天皇(裕仁陛下)… 1926年即位。激動の昭和期に62年余りの最長在位を記録。
- 第125代:上皇陛下(明仁陛下)… 1989年即位。平成の30年間、象徴天皇として国民に寄り添う姿勢を確立。
- 第126代:今上天皇(徳仁陛下)… 2019年5月1日即位。「令和」の象徴として現在に至る。
2019年の代替わりは、2017年に成立した「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」に基づき、約200年ぶりとなる生前退位(譲位)によって実現しました。第125代の明仁陛下が「上皇」となられ、皇太子であった徳仁親王殿下が第126代天皇として即位礼正殿の儀を経て皇位を継承されました。

初代神武天皇から続く皇統譜|歴代天皇一覧と系図で見る継承の歴史
日本の歴史において、天皇の代数は『日本書紀』や『古事記』に記された初代・神武(じんむ)天皇の即位(紀元前660年と伝承される辛酉年)を起点として起算されています。神話の時代から続く「万世一系(ばんせいいっけい)」の理念は、歴史学や考古学の観点からも数多くの研究が行われてきました。
実在性が学術的にほぼ確実視されているのは、5世紀前後の第15代応神天皇や第16代仁徳天皇、あるいは6世紀初頭に越前(現在の福井県)方面から迎えられて皇統を継いだ第26代継体天皇あたりとされています。しかし、宮内庁が管理する公的な「皇統譜」においては、神話期を含めた126代の系譜が正式な皇統として厳格に管理されています。
歴代天皇の流れを大まかに把握するための時代区分と主な転換点は以下の通りです。
- 古代(飛鳥・奈良時代):第33代推古天皇(日本初の女性天皇)、第38代天智天皇(大化の改新)、第40代天武天皇による中央集権体制の確立。
- 平安時代:第50代桓武天皇による平安京遷都。藤原氏による摂関政治、のちに第72代白河天皇による院政の開始。
- 中世(鎌倉・南北朝・室町時代):武家政権の台頭と第96代後醍醐天皇による建武の新政。皇統が吉野の南朝と京都の北朝に分かれた「南北朝時代」の到来。
- 近世(安土桃山・江戸時代):幕府統制下での朝廷文化の維持。第107代後陽成天皇や第108代後水尾天皇、江戸唯一の女性天皇である第109代明正天皇、第117代後桜町天皇の在位。
- 近代・現代:第122代明治天皇による立憲君主制の導入から、戦後の日本国憲法下における「象徴天皇制」への移行。
【徹底比較】皇室史を彩る主要天皇と皇位継承データ
皇室の歴史において特に大きな画期となった天皇と、近現代の天皇に関する客観的データを一覧表にまとめました。
| 天皇号・代数 | 即位年・在位期間 | 歴史的背景・主な出来事 | 皇統上の位置付け・特徴 |
|---|---|---|---|
| 初代 神武天皇 | 紀元前660年即位(伝承) | 日向から大和へ東征し橿原宮で即位 | 日本建国の祖として皇統譜の第1代に記される |
| 第33代 推古天皇 | 592年〜628年(36年間) | 聖徳太子(厩戸皇子)を摂政とし十七条憲法等を制定 | 歴代初の女性天皇。敏達天皇の皇后(男系女子) |
| 第96代 後醍醐天皇 | 1318年〜1339年(21年間) | 鎌倉幕府打倒、建武の新政、吉野へ逃れ南朝を開く | 明治44年の閣議決定で南朝が正統と認定される |
| 第124代 昭和天皇 | 1926年〜1989年(62年間) | 第二次世界大戦、日本国憲法公布、高度経済成長 | 大日本帝国憲法から象徴天皇制への転換期を歩む |
| 第125代 上皇明仁 | 1989年〜2019年(30年間) | 阪神・淡路大震災や東日本大震災の被災地訪問、慰霊の旅 | 約200年ぶりの譲位を実現。現在は「上皇」の地位 |
| 第126代 今上天皇(徳仁陛下) | 2019年5月1日〜在位中 | 即位礼正殿の儀、国内外の親善訪問、水問題研究など | 令和の象徴天皇として現行の公務を担う |

歴代女性天皇は何人?女系天皇との決定的な違いと歴史の実態
歴史の議論において混同されやすいのが、「女性天皇」と「女系天皇」の違いです。この二つは血統の継承原理において全く異なる概念です。
日本の歴史上、女性天皇は8方10代(8人10代)存在しました。2代分多いのは、同じ天皇が一度退位した後に再び即位する「重祚(ちょうそ)」が2度行われたためです。
- 推古天皇(第33代):欽明天皇の皇女(男系女子)
- 皇極天皇(第35代)/斉明天皇(第37代):重祚。茅渟王の王女(男系女子)
- 持統天皇(第41代):天智天皇の皇女(男系女子)
- 元明天皇(第43代):天智天皇の皇女(男系女子)
- 元正天皇(第44代):草壁皇子の王女(父方が天武天皇の男系女子)。母は元明天皇
- 孝謙天皇(第46代)/称徳天皇(第48代):重祚。聖武天皇の皇女(男系女子)
- 明正天皇(第109代):後水尾天皇の皇女(男系女子)。母は徳川秀忠の娘・和子
- 後桜町天皇(第117代):桜町天皇の皇女(男系女子)
重要な歴史的事実は、これら8方10代の女性天皇は全員が「男系女子」(父親が天皇または皇族の男系血統)であったという点です。母親側からのみ天皇の血を引く「女系天皇」は、日本の皇室史上、過去に一度も即位した例がありません。
また、歴代の女性天皇は、皇位継承者を巡る政争の回避や、皇太子が幼少である間の「中継ぎ(ワンポイント)」として即位したケースが大半であり、多くは未婚を貫くか、先代天皇の未亡人として即位しました。次代への継承においては、必ず次の男系男子へと皇位が引き継がれてきたのが歴史の共通項です。
次代の天皇(第127代)は誰に?皇位継承順位の現在と皇室典範の最新動向
現行の「皇室典範」第1条には、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と明確に規定されています。この法規に基づき、第126代今上天皇の次の代(第127代)以降を担う皇位継承順位は以下のように確定しています。
- 第1位:秋篠宮文仁親王殿下(皇嗣)… 天皇陛下の弟宮(1965年生)
- 第2位:悠仁親王殿下… 秋篠宮家の長男(2006年生)
- 第3位:常陸宮正仁親王殿下… 上皇陛下の弟宮(1935年生)
現在、皇位継承資格を持つ皇族は上記の3方に限られており、次世代を担う皇位継承資格者は実質的に悠仁親王殿下一方のみという構造的な皇族数減少の課題に直面しています。
政府の有識者会議が取りまとめた報告書および国会における協議では、皇族数の確保に向けて主に以下の2案が議論の焦点となっています。
- 内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持する案:愛子内親王殿下や佳子内親王殿下などがご結婚後も皇室にとどまり、公務を継続できるようにする枠組み。
- 旧宮家(1947年に皇籍離脱した11宮家)の男系男子を養子等として皇籍復帰させる案:憲法第14条(門地による差別の禁止)との整合性を考慮しつつ、皇統に連なる男系血統を維持するための選択肢。
世論調査では愛子内親王殿下の即位(女性天皇容認)を支持する声が多数を占める一方、国会や専門家の間では「万世一系の男系継承という2000年来の伝統を維持すべき」とする慎重論も根強く、将来を見据えた丁寧な制度設計が求められています。

一般に知られていない盲点とネットの誤解|代数の数え方と南北朝問題
「天皇の代数」には、歴史の複雑な経緯によって生じた特有のルールや、一般にはあまり知られていない盲点が存在します。
1. 南北朝時代における「北朝5代」は代数に含まれない
鎌倉時代末期から室町時代にかけて、皇統は吉野の「南朝」と京都の「北朝」に分裂しました。京都で即位した北朝の5人の天皇(光厳、光明、崇光、後光厳、後円融)は、当時の朝廷の儀礼を執り行っていましたが、現在の公的な歴代数(126代)にはカウントされていません。
これは、明治44年(1911年)の帝国議会および明治天皇の裁定により、三種の神器を保持していた「南朝(後醍醐天皇方)を正統とする」と決定されたためです。そのため、北朝の天皇は「北朝初代」「北朝第2代」といった別枠の呼称で記録されています。
2. 重祚によって「代数」と「実際の人数」は一致しない
前述の通り、皇極天皇が斉明天皇として、孝謙天皇が称徳天皇として2度即位(重祚)したため、第126代今上天皇までに即位された実人数は124人となります。代数=実在した人物の総数ではない点は、皇室史における代表的な基礎知識の一つです。
【実態検証】国民の生の声と象徴天皇制への受け止め
現代の日本国民は、126代続く皇室と天皇陛下に対してどのような意識を抱いているのでしょうか。各種報道機関や内閣府の世論調査データ、SNS上でのリアルな反響を検証すると、極めて高い敬愛と支持が維持されている実態が浮き彫りになります。
NHKや大手新聞各社が実施する継続的な意識調査において、「天皇に対してどのような感情を持っているか」という問いに対し、「敬愛の念を持っている」「好感を持っている」と回答した割合は合計で80%〜85%前後に達しています。この数値は、政治不信や経済的な閉塞感が指摘される現代社会において、象徴天皇制が社会の安定と国民的統合の要として深く機能していることを示しています。
一方で、SNS(XやYahoo!ニュースのコメント欄など)における議論を分析すると、以下のような二極化する市民感情が見受けられます。
- 皇位継承問題に対する声:「愛子さまが立派に公務を果たされる姿を見て、女性天皇を認めてほしい」「直系長子での継承が自然ではないか」という共感ベースの意見が目立つ一方、「伝統の核心である男系継承を崩すと皇室の歴史的正統性が揺らぐ」「旧宮家の復帰など男系男子を守る法改正を急ぐべき」という歴史的原則を重視する声が拮抗しています。
- 公務と被災地支援への評価:大規模自然災害が発生した際、被災者の目線に合わせて膝をつき、励ましの言葉をかけられる両陛下の姿に対しては、「国民の苦しみに常に寄り添ってくださる存在」として圧倒的な支持と感謝が寄せられています。
【プロの結論】象徴天皇制の持続可能性と私たちが見据えるべき視点
制度論や歴史認識の観点から皇位継承問題を分析すると、現代の日本社会が直面している本質的課題は「古代から続く純粋な血統規範(男系男子)」と「少子化が進む近代社会における持続可能性」の調和にあります。
家族社会学の視点で見れば、側室制度(一夫多妻制)が存在した戦前までは男系継承を維持することが構造的に容易でした。しかし、一夫一婦制が確立し、少子化が進行する現代において、男子のみに継承資格を限定し続けることは、確率論的に皇統断絶のリスクを高める構造的矛盾を内包しています。
私たちが皇室の歴史や代数を学ぶ上で最も重要なのは、単なるゴシップや感情論としての「皇室論」に流されるのではなく、以下の判断軸を持つことです。
- 歴史的事実の正確な理解:「女性天皇(過去に存在)」と「女系天皇(前例なし)」を混同せず、2000年以上の歴史がどのような論理で守られてきたかを知ること。
- 皇族の方々の人権と公務負担のバランス:皇族数が減少し続ける中で、個々の皇族にかかる公務の負担や将来の選択肢について、制度面からのサポートを注視すること。
- 静謐な環境での議論の尊重:皇位継承議論は政争の具にすることなく、国民的合意と皇室の伝統の双方が尊重される着地点を見守る姿勢。
【天皇 何 代目】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:今の天皇陛下は何代目ですか?
A1:現在の今上天皇(徳仁陛下)は、初代神武天皇から数えて第126代です。2019年(令和元年)5月1日に即位されました。
Q2:昭和天皇や上皇さまは何代目にあたりますか?
A2:昭和天皇(裕仁陛下)は第124代、平成の天皇であった上皇陛下(明仁陛下)は第125代です。明治天皇は第122代、大正天皇は第123代となります。
Q3:次の天皇陛下(第127代)は誰になる予定ですか?
A3:現行の皇室典範に基づく皇位継承順位では、第1位が天皇陛下の弟である秋篠宮文仁親王殿下、第2位がその長男である悠仁親王殿下となっています。将来的に即位される順序に従えば、秋篠宮さままたは悠仁さまが第127代を継承される見通しです。
Q4:歴史上、女性の天皇は何人いましたか?愛子さまは即位できますか?
A4:歴史上、推古天皇をはじめとして8方10代(8人・2度の重祚)の女性天皇が存在しました。ただし全員が父方に天皇の血を引く「男系女子」でした。現行の皇室典範では男子のみに継承権が限られているため、現行法のままでは愛子内親王殿下が即位することはできません。即位を可能にするには皇室典範の法改正が必要です。
Q5:歴代126代の天皇を効率よく覚える方法はありますか?
A5:歴史教育の現場では、推古(33代)、天智(38代)、天武(40代)、桓武(50代)、後白河(77代)、後醍醐(96代)、明治(122代)、昭和(124代)、今上(126代)といった、政治体制や文化の転換点となった象徴的な天皇を中心に記憶し、その前後の系図を時代区分(飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・江戸・近現代)と結びつけて整理するのが最も体系的で効果的な方法です。
まとめ:126代続く皇統の重みと未来への継承課題
令和の今上陛下が第126代として受け継がれている皇統の歴史は、世界的に見ても類を見ない長い伝統を誇ります。初代神武天皇の即位から数えられ、時代の荒波や武家政権、近代の激変期を乗り越えながらも、一本の血統として受け継がれてきた事実そのものが、日本の文化とアイデンティティの根幹を形成してきました。
一方で、次代を担う第127代以降の継承問題や皇族数減少という現実的な課題は、いまや先送りの許されない国政の重要テーマとなっています。悠久の歴史に敬意を払いながら、これからの時代にふさわしい皇室の在り方を国民一人ひとりが冷静に見守り、正しく理解していくことが求められています。 (出典: 天皇 何 代目(Yahoo!ニュース))